Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

  “気になるあなた?”
 


          




 この時期になると、テレビの天気予報のコーナーなどの枕にと持ち出されるのが、

  ――― 目に青葉、山ほととぎす、初ガツオ

 という有名な俳句の一節で。眼福ものの新緑まばゆく、山にはホトトギスの声が軽やかに響き。舌を楽しませるものなら、海の幸、初ガツオが市場に上がる頃合いですねと歌っている。筆者の住まいのあるご近所も、緑滴る結構な片田舎で。向背に峰を連ねるお山があるのとは別口、海側にもでーんとお山が1個あるので、電波状態が悪くてケーブルテレビの契約は欠かせない土地柄なのだが…って、いやそんな話じゃあなくってですね。眸に癒しの瑞々しい新緑が目映い初夏のころ。ゴールデンウィークの終盤辺りから梅雨になだれ込む直前までの頃合いは、そのまま夏になってしまうのではなかろうかというほどもの、結構な暑気が訪れる。そんな気候に追い立てられて、まだ衣替えは来週だけれどなんて思いつつ、はやばやと夏物の半袖を引っ張り出しの、カバンや靴を明るい白ものや淡いものに差し替えのと、バタバタしてしまう時期でもある。そうは言っても陽のない屋内なんぞに入れば、まだそれなりにひやっとしもするので、大人の人はカーディガンなどが必需品ともなるところだが、歩幅が足りぬのをお元気さでカバーしているよなお子様がたには、そんな用意など必要もなく、

 「セナちび〜っ、走らんでもいいから急げっ!」
 「そんなの出来ないよう〜〜〜〜。」

 ぱたぱたぱたん。スニーカーの底でアスファルトを叩くよにしての、いかにも子供らしいばたばたとした急ぎ足。今日はお昼までだったからと、たかたか楽しげに駆けてった男の子がふと立ち止まり、自分の後方を振り返ってそんなお声をかけるのが、ここいらでは時計代わりになりつつあって。
「あ、そかそか、きょうは水曜だわ。」
「共同購入のトラック来ない日だし。」
「四年生はお昼までだったわね。」
 ほぼ一日中在宅なさってるお母様がたは、実に色んなものをカレンダーや時計代わりにしておいでだが。どうせなら見て聞いて心地いいものをと選んでしまうのが、お母様がたに限らぬ話の世の常ならむ。すっかりと夏の様相、目映いばかりの照度となってる日盛りの中、風にそよいで躍ってる、柔らかそうな金色の髪が新緑にいや映える。浅い色合いの半袖開襟オーバーシャツに鮮やかなマリンブルーのタンクトップを重ね着て、ボトムは…この年頃の子は大人ぶってかあまり着たがらないが、一番似合って可愛らしい盛りの半ズボン。そこからすんなりと伸びる御々脚も、ぶんぶんと頭上近くで振られている腕も、お顔に負けないくらいのそりゃあ綺麗な色白なので、逆に周囲へ“こんな可愛らしい子にこんな危ないカッコをさせてはいかんのではなかろうか”なんて思わせてしまうほど。…冗談抜きに、こういうカッコは危ないので小学生の通学時にはさせないでという注意が出回っているそうで。それによれば、髪形をポニーテイルやツインテイルに結ってはダメ、ハイウエストのワンピースとか、ホットパンツにハイソックスもダメ…と、結構細かいのだとか。いやな世の中になって来ましたねぇ。

 “まあ、俺ならどんな奴が来ようと蹴散らせるがな♪”

 …あんまり過信しちゃあダメだって。確かそんな驕りが招いたピンチってのが、去年の春先になかったでしたか? セナくんを巻き込んで。
「セナちび、急げっ!」
 誤魔化したな。
(苦笑)
「待ってよう〜。」
 ようやっと、ランドセルよりお背
せなの方が大きくなっての安定して来たバランスを保ちつつ、数年前ほどはそうそう転ばなくなった小さなお友達が、こちらさんもそれはそれは愛くるしい風貌をちょっぴり真っ赤にして、なだらかな坂道を駆けてくる。先にご紹介した小悪魔坊やが、金髪に金茶の瞳という、どこかファンタジックな淡い配色をまとった愛らしさならば、こちらの坊やは純然たる和風の趣き。深色の髪はつややかだが少々まとまりが悪く、降り落ちる光を跳ね返すよに ひょこひょこと弾むのがまた愛らしい。濃色の瞳の潤みは強く、今にも黒みが滲み出して来そうなほど。ちょこりと小さな小鼻やすべらかな頬は、水蜜桃のように瑞々しくもやわやわと柔らかで、こちらもやはり瑞々しい口唇からは、小鳥の囀りのように軽やかで舌っ足らずなお声が盛んに飛び出しており。その稚いとけない語調がまた、それを耳に入れたお母様がたの口元へ何とも言えない甘やかな苦笑を誘ってやまない。
「待って、待ってよう、ヒルマくん。」
 あらあら、このごろでは“ヒユ魔くん”じゃあなくなっているのね。そりゃあやっぱり、もう四年生なんですもの。ヒルマくんの方でも注意したんじゃない? それはどうかしら。なによ。だって、あの金髪の坊や、乱暴な口利きをしてはいるけど、こっちの坊やのことそりゃあ優しい笑顔でいつも待っててあげてるし。そういや、そうよね。ヒユ魔くんて呼ばれるのも、案外とまんざらじゃなかったのかも。妙にお詳しいお母様がたがこそり見守るそんな中、やっとのことで追いついたセナくんが、だが、
「…はややぁ?」
 何だか妙なお声を上げた。
「? どした?」
 足をぐねっこでもしたか? おでこに浮いた汗を拭ってやってた白い手をどけ、同級生の愛らしいお顔を、少しほど眼下の位置に見やったヨウイチくんだったが、
「何だよ、何見てんだ?」
「う〜っとね。…あれ?」
 うるりとした潤みを帯びた大きな瞳は、その視線を、間近に向かい合うお友達のその背後へと向けており。とはいえ、どこの何にと据えてもいない模様。
「どうしたよ。」
 誰かがガンつけてでもいたか? お人形さんみたいに愛くるしい風貌を大きく裏切って、そんな恐ろしい言いようをするお友達へ、
「ううん、ちやうの。」
 そうじゃないよとかぶりを振って見せ、だが、ご当人にも何かしら合点がいってないものか、その後を続けぬものだから、
「だ・か・ら。何がどうしたかを言ってみなっ、つっとろうがよ。」
「にゃ〜っ。」
 伏し目がちになってのぎろりと睨めば、やんやんと怖がりつつも、やっとのことで白状するには、

 「誰かが見てたの。」
 「? 誰か?」
 「うんっ。」

 それだけは確か。でも、あのね?
「…誰もいねぇじゃん。」
 いかにも子供のそれのよな、ちょっぴり間合いののんびりとしたよな、素人臭い動作じゃあない。素早く取り出した携帯電話をワンアクションでぱかりと開き、その液晶部分をミラーにしての背後を伺うまでにかかった所要時間は、僅かにコンマ2秒もあったかどうか。早撃ちはキャラが違うんですけどねぇ。キッドさんって、まだ出てなかったしねぇ。
“うっせぇよ、外野。”
(いやん)
 特殊な偏光シールを張っているので、画面のベースカラーの発光色で変えれば精度も高いミラーになるその画面には、だが、人影は探せず。
「だってホントに誰かいたもん。」
 今はいないけどと、それもちゃんと認めるセナくんであり、
「あれじゃねぇか。夏に“さんぎいん選挙”ってのがあっからよ。」
 議員や政党の関係団体が、講演会じゃ応援の集いじゃって名目でのポスター貼りまくってやがるから。そこに写ってた議員のおっさんの顔が眸に入ったとか。
「…そっかなあ。」
 でもね、この通りには。そんなポスターを貼ってあるよな、柱とか壁とかはないけれど? セナくんも一応は、二度見をしている。こあいのは嫌いだけれど、ヒルマくんが一緒だから大丈夫って思ってのこと。ちらって視野に入ったのが気になっての、も一回視線を戻してみたら…もう居なかったの。
「???」
 訳が判らないと小首を傾げているお友達の傍らで、
「困まんだよな、まったくよぉ。どうなってるかな、年金問題。」
 こちらさんは政党ポスターの見間違いと決めつけた上で、お話が先へと進んでおり。一丁前にも寸の足らない腕を胸高に組んで見せ、自分らの帳簿への記載ミスだろうに、払ったはずが不払い扱いになってるところは、領収書とかがないと認められないとか何とか、平気で言いやがるんだってなー、窓口のおっさん。信用して収めた積み立て金を、勝手にグリーン何とかって天下り先作ることへ使っておきながらよ、そんな言いようはないと思わんか? なんてなことを、綿々とぶうたれておいで。中間テストの最中なのか、通りすがりの中学生らしきおねいさんたちが“か〜わいいvv”“一丁前〜vv”なんて囁き合いながら笑ってたりするけれど、
“ヒルマくんのこういうむつかしいお話は、どっかのお爺ちゃんの受け売りとかじゃないもんなぁ。”
 小さい子供が、意味も解らないまま言葉づらだけを真似ていると思っていたらば大間違い。何だったら担当省庁への上申書なり調査請求書なり、葉柱議員の名を借りて提出しちゃるぞこのやろー、なんてな無謀さえ、冗談抜きにやりかねないから怖い怖い。
「まあ、もう居ねぇみたいだし。」
「うん。」
 二人が立ち止まったのは、遊具はあんまり置いていない、小さな緑地公園の入り口。二人揃って待ち合わせている相手がいる放課後であり、学校の正門のところで待っていても良かったが、
「セナ。」
「進さんvv」
 そりゃあ頼もしいスタミナに任せて、自分の足で走ってくる大学最速の男はともかく、
「お…。」
 けたたましいイグゾーストノイズをまとって現れる誰かさんを、そうそう小学校の、それもまだ授業のある校舎の間近へ呼ぶのも問題かもと。四年生になってやっと気がついたところが、
“俺もまだまだ青いよなぁ。”
 大人の事情ってのは奥が深いから参ったもんだぜ、なんてこと。苦笑しつつ思ってしまう小学四年生ってのもどうかと思うが…如何なものだろか、ねぇ皆様。(苦笑)そんなややこしいことをお胸の奥にて転がしてる坊やの手前。小さい子への威嚇的にならぬ距離を置き、ピタッと停まったは大型のゼファーというオートバイ。ホントはいけないんですよのノーヘルで来たものの、撫でつけられた黒髪はさして乱れてもない。そりゃあ大きなバイクに、されど振り回されずのねじ伏せて自在に操れる精悍なお兄さん。
「よお、待ったか?」
「いんや、今来たばっかだ。」
 会話を交わしつつ長い脚を軽く跳ね上げ、葉柱のお兄さんが一旦シートから降りるのは。その下の小さい“物入れ”へ、坊やのランドセルを突っ込むため。学年が上がって荷物も増えたはずだろに、こういうお呼び出しを構えた日は、デイバッグタイプの“ランドセル”を1個だけという手荷物になってる坊やであり、
“そなんだよね。いくらお昼までの授業しかない日でも、そんなちょっぴりで済むはずないのに。”
 同じクラスのセナくんは、背丈が伸びたから何とかなっているがそれでも…結構な大きさのランドセルが、満タンに近い詰まり方になっているのにね。
「今時の教科書ってやつぁ、年々薄くなってるってのはホントだな。」
「だよな〜vv」
 にっこしと微笑って“ほれ”と差し出される小さな荷物。それへは何か言いたげなお顔になったセナくんも、
「セナ、急がなくていいのか?」
 進さんに言われてハッとする。そうでした、そうでした。今日はセナくんのご両親が二人とも、お昼からお出掛けなので、鍵を預かってのお留守番。今日は幸いにも部活のないオフ日ですので、進さんのお家で預かりましょうかなんて話にもなりかけたのだが。平日だってのに遠出をさせたその上、遅くなっての帰りもまた、電車だのタクシーだのに揺られて過ごさせるだなんて。変則的なことをさせて、興奮しちゃって眠れなくなったりしてはいけないでしょうと。もしかしてセナくんの進学に合わせて、中学か高校の教職を取るつもりか、進清十郎…と思わせるような発言をなさったお兄様が、達者な足で往復しますからと請け負っての、セナくんチでのお留守番。
「じゃあ、帰るね。」
 バイバイと小さな手を振るセナくんへ、小悪魔坊やもカメレオンのお兄さんも、愛想を振ってのバイバイを返す。どちらも大学生の雄々しきお兄さんにお迎えに来てもらってのお帰りで、
『まあまあ、なんてまあvv』
『どっちもたいそうなイケメンだったわねぇ。』
 坊やたちを“ウォッチング”していた奥様がたが、思わぬ登場人物たちへと色めき立ったその向こう。恐らくのきっと、セナくんがちらと視線を合わせてしまったらしき人物が。
 「………。」

 何とはなくの感慨深げなお顔になって、それぞれの方角へと立ち去る彼らを、やはり見送っていたりする………。







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  *ちょっと続いてみたりしてvv
   こっちのお話での進さんのご登場って、凄っごく久し振りじゃあなかったか。
   やっぱり“セナくんマイラブ”は変わらないらしいです。
(笑)